武市半平太の最期と三文字切腹の真相|龍馬・以蔵との真実を追う
武市半平太の人間性を深く知る上で欠かせないのが、妻・富子との関係性です。豪農・島村源次郎の娘であった富子は、控えめながらも芯の強い女性で、武市との夫婦仲は極めて円満でした。
二人の間に実子はいませんでしたが、武市は側室を持つことを頑なに拒み、富子一筋の生活を送りました。投獄された武市を案じた富子は、夫が冷たい牢獄の板の間で過ごしていることを知ると、「夫が苦痛を耐えているのに、自分だけが温かい布団で眠るわけにはいかない」として、厳冬の寒さの中、自らも畳を上げて板の間に煎餅布団一枚で眠り続けたという逸話が残されています。
獄中から富子へ送られた数多くの書簡(武市瑞山獄中書簡)には、過酷な拷問に耐える壮絶な言葉とともに、妻の体調を気遣う繊細で温かな言葉が溢れています。武市は獄中で自画像や梅の絵、和歌を書き添えて妻に送り続けました。
「ふたゝひと 還らぬ歳を はかなくも 今はの際(きわ)に 見るぞ悲しき」
冷酷無比な暗殺結社の首領というイメージとは裏腹に、残された書簡が証明しているのは、一人の家庭人としての深い情愛と、最後まで自らの信念に殉じた生真面目な武士の姿でした。