平城京の「碁盤の目」都市計画:中国長安城模倣説を覆す新たな真実

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和銅3年(710年)、藤原京からの遷都を断行した元明天皇の詔には、新しい都への並々ならぬ執念が滲む。その陰で都市のグランドデザインを描いたのが、律令国家の黒幕とも言える藤原不比等だ。不比等は、律令制度の確立と並行して都城の建設を進めた。権力の圧倒的な正統性を内外に誇示するには、既存の集落を覆すほど圧倒的な視視覚的秩序が必要だったのだ。

条坊制の導入により、都は東西南北のブロックに細分化された。天皇が鎮座する大極殿を中心とし、南へ向かって一直線に伸びる広大な空間配置。それは、天皇を中心とする新たな階層秩序を物理的に可視化する試みだった。王権の威光を全国に知らしめる政治的装置として、この都市計画は機能していたのである。

山本 拓海

山本 拓海

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。