賢帝を倒しパクス・ロマーナを砕いた「アントニヌスの疫病」の真相

賢帝を倒しパクス・ロマーナを砕いた「アントニヌスの疫病」の真相に関する最新の話題を丁寧に解説いたします。

世界史の転換点となった古代の感染症を理解する上で、後続のパンデミックとの違いを把握しておくことは不可欠です。

パンデミック名流行時期有力な原因病原体主な症状と歴史的影響アントニヌスの疫病165年〜180年頃天然痘ウイルス皮膚の膿疱、高熱、黒色便。パクス・ロマーナと五賢帝時代を終焉へ導く。キプリアヌスの疫病249年〜262年頃麻疹、あるいはフィロウイルス(出血熱系)激しい嘔吐、目の充血、四肢の壊疽。3世紀の危機を激化させ、キリスト教普及の契機に。ユスティニアヌスのペスト541年〜542年以降ペスト菌(腺ペスト)リンパ節の腫脹、壊死。東ローマ帝国の地中海再統一計画を頓挫させる。

約80年後に発生したキプリアヌスの疫病との最大の違いは、病変の現れ方と政治的背景です。キプリアヌスの疫病では壊疽や激しい出血症状が目立ち、天然痘とは異なる病原体(麻疹や出血熱ウイルスなど)が疑われています。これら一連の大流行が波状攻撃のようにローマ社会を襲い、帝国の生命力を徐々に奪っていきました。

田中 結衣

田中 結衣

デジタルマーケティングコンサルタント

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。