賢帝を倒しパクス・ロマーナを砕いた「アントニヌスの疫病」の真相
世界史の転換点となった古代の感染症を理解する上で、後続のパンデミックとの違いを把握しておくことは不可欠です。
約80年後に発生したキプリアヌスの疫病との最大の違いは、病変の現れ方と政治的背景です。キプリアヌスの疫病では壊疽や激しい出血症状が目立ち、天然痘とは異なる病原体(麻疹や出血熱ウイルスなど)が疑われています。これら一連の大流行が波状攻撃のようにローマ社会を襲い、帝国の生命力を徐々に奪っていきました。