勁草とは?疾風に勁草を知るの意味と由来・ビジネス活用法を解説

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勁草という語が広く人口に膾炙した最大の理由は、中国の歴史書『後漢書(ごかんじょ)』に記された故事成語「疾風に勁草を知る(疾風知勁草)」、およびそこから派生した四字熟語「疾風勁草(しっぷうけいそう)」の存在にあります。

時は紀元1世紀、中国の前漢が滅び、新の王莽(おうもう)が倒れて群雄が割拠していた動乱期。後に後漢の初代皇帝(光武帝)となる劉秀(りゅうしゅう)は、河北の地で過酷な戦いを続けていました。行軍は過酷を極め、飢えと寒さ、そして強大な敵軍の包囲に晒される日々が続きます。当初は劉秀の旗揚げに集まってきた大勢の部下たちも、戦局が悪化すると次々と脱走し、陣営から去っていきました。

その凄惨な脱落の嵐の中で、ただ一人、劉秀のもとを離れずに忠節を尽くし続けた武将が王覇(おうは)でした。劉秀は周囲を見渡し、去っていった者たちと、黙々と陣営を守り続ける王覇の姿を対比して、深く嘆息しながら次のように語りかけました。

【漢文】

潁川従我者皆逝。而子独留。始知疾風知勁草。
【書き下し文】 潁川(えいせん)より我に従う者は皆逝(さ)る。而(しか)るに子(し)独り留まる。始めて知る、疾風に勁草を知る、と。
【現代語訳】 かつて潁川で私に従った者たちは皆逃げ去ってしまった。しかし、そなただけはここに留まり続けてくれた。猛烈な風が吹いて初めて、どの草が風に負けない強い草(勁草)であるかが分かるというものだ。今まさに、私はその真理を思い知った。

平穏な順風満帆のときには、誰もが威勢のいい忠誠心を口にし、優秀な味方のように振る舞います。しかし、ひとたび激しい嵐(疾風)が吹き荒れ、組織や事業が存亡の危機に立たされたとき、本物の意志や忠節を持った者(勁草)だけがその場に踏みとどまります。光武帝のこの感嘆の言葉こそが、二千年以上の時を超えて語り継がれる「疾風勁草」の真髄です。

渡辺 美咲

渡辺 美咲

ガジェット&アプライアンスライター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。