京都名物「衣笠丼」の魅力とは?きつね丼との違いや歴史・名店を徹底解剖
なぜ「油揚げの卵とじ丼」が「衣笠」という雅な名前で呼ばれるようになったのか。その起源には、平安時代初期に即位した第59代・宇多天皇にまつわる驚くべき故事が残されています。
平安の都の真夏、酷暑の中で宇多天皇が「真夏ではあるが、雪に覆われた山が見たい」と突飛な所望を口にしました。困り果てた廷臣たちは、京都の北西に位置する山に何千枚もの純白の絹布(白絹)を覆い被せ、まるで雪が降り積もったかのような銀世界を演出して天皇に見せたといいます。この出来事以来、その山は「絹笠山(きぬがさやま)」、現在の「衣笠山」と呼ばれるようになりました。
時は流れて明治から大正期、京都のうどん屋や食堂の料理人が、丼の上にふんわりと広がる黄色と白の卵と、その間から覗くネギや油揚げの重なりを「白絹をまとった衣笠山の景色」に見立てて「衣笠丼」と命名したのが発祥とされています。身近な大衆食堂のメニューにすら雅やかな歴史風情を投影する、京都人の風流な感性が生み出したネーミングです。