8.8Cm砲Flak36の真相|対空兵器が最強戦車キラーとなった理由
対空砲の対戦車転用は、1936年のスペイン内戦や1940年フランス戦のアラスの戦いでも行われていましたが、その運用をひとつの完成された戦闘ドクトリンへと昇華させたのが、「砂漠の狐」ことエルヴィン・ロンメル将軍でした。
1941年、北アフリカ戦線に投入されたドイツアフリカ軍団(DAK)は、圧倒的な物量と強固な装甲を持つイギリス軍のマチルダII歩兵戦車と対峙します。当時、ドイツの主力だったIII号戦車やIV号戦車の主砲、さらには標準対戦車砲の3.7cm砲弾は、マチルダIIの78mmに達する重装甲に跳ね返され、「ドアノッカー」と揶揄される無力さを露呈していました。
そこでロンメルが下した決断が、空軍所属であった8.8cm高射砲を最前線の対戦車戦闘へ全面的に組み込む作戦でした。当時の前線将兵が残した手記や戦闘日誌には、その凄まじい威力が克明に記されています。
「友軍の砲弾がことごとく弾かれる中、後方から轟然たる轟音とともに放たれた88ミリ砲弾は、イギリス軍の先頭を行くマチルダの砲塔を文字通り吹き飛ばした。砂漠の彼方に立ち上る黒煙を見た瞬間、我々は勝てることを確信した」(DAK所属兵士の手記より抜粋)
ロンメルは8.8cm砲を砂の中に深く埋め込み、偽装ネットや天幕をかぶせて高さを抑えた待ち伏せ陣地を構築。軽快な軽戦車部隊でイギリス軍戦車隊を誘い出し、十分に引きつけた至近〜中距離から十字砲火を浴びせる「罠の戦術」を徹底しました。ハルファヤ峠(イギリス軍から「ヘルファイア・パス=地獄の峠」と恐れられた要衝)の戦いなどにおいて、連合軍の戦車部隊を一方的に壊滅へと追い込んだのです。