桐野夏生の文学的衝撃|『Out』から『燕は戻ってこない』現在まで解剖
近年の桐野文学を語る上で欠かせないのが、長編小説『燕は戻ってこない』です。本作は第57回吉川英治文学賞および第64回毎日芸術賞をダブル受賞し、NHKドラマ10枠で石橋静河、稲垣吾郎、内田有紀らの豪華キャストによって映像化され、放送時にはSNS上で凄まじい議論を巻き起こしました。
物語の軸となるのは、地方から上京し非正規雇用の困窮生活を送る29歳のリキ。彼女が選んだのは、元トップバレエダンサーの草桶基とその妻・悠子から提示された「代理出産」という道でした。報酬は総額約1,000万円。自らの子宮を「生殖の道具」として差し出す女性と、血を分けた我が子の遺伝子を何としても残したい男、そして不妊治療の果てに夫の遺伝子を他人に託す妻。三者の欲望と葛藤が赤裸々に激突します。
特筆すべきは、本作が提示した「身体の搾取と新自由主義の残酷さ」です。持てる者が持たざる者の身体を金で買い取ることの倫理的是非、女の自己決定権とは何かという重い命題。ドラマ版の演出も秀逸でしたが、原作小説で綴られるリキの内面描写はさらに容赦がなく、女性の貧困を生み出す社会構造への鋭利な告発文書としても読まれています。