前川清と宇多田ヒカルの意外な関係|母・藤圭子との絆と血縁の真相
1971年、内山田洋とクール・ファイブのリードボーカルとして『逢わずに愛して』などをヒットさせていた前川清(当時23歳)と、『新宿の女』『圭子の夢は夜ひらく』で社会現象を巻き起こしていた藤圭子さん(当時20歳)が結婚を発表しました。トップアイドル・スター同士の電撃婚は、日本全国のメディアを席巻しました。
しかし、二人の新婚生活はわずか1年後の1972年に終止符を打ちます。離婚会見において語られた理由は、お互いへの憎しみや不貞ではなく、「超多忙による生活のすれ違い」と「あまりの若さゆえの未熟さ」でした。人気絶頂期にあった二人は、同じ家の中にいながら顔を合わせる時間が月に数時間しかないという過酷なスケジュールに追われていました。
前川清は後年の回想番組や手記において、「お互いに若すぎて、相手を思いやる生活の基盤が整っていなかった」「彼女の歌に対する情熱と背負っていた孤独を受け止めきれなかった」と率直に語っています。泥沼の裁判やスキャンダルとは無縁の「円満離婚」であり、二人はその後も歌謡界の戦友として連絡を取り合う関係を保ち続けました。