デヴィ夫人逮捕の噂は本当か?過去のアスペン事件と横領被害の真相
それでは、デヴィ夫人の人生において唯一の「逮捕・収監」となった、1992年の事件とはどのようなものだったのでしょうか。舞台はアメリカ合衆国屈指の高級スキーリゾート地、コロラド州アスペンでした。
1992年1月2日、アスペンで開催されていたセレブリティの集うパーティー会場において、デヴィ夫人はフィリピンの元大統領セルヒオ・オスメニャの孫娘であるミニー・オスメニャ氏と激しい口論に発展しました。互いのプライドと長年の政治的・個人的な感情の軋轢が火花を散らす中、デヴィ夫人の手元にあったシャンパングラスが相手の顔面に接触し、オスメニャ氏が顔面を37針縫う重傷を負う事態に至ったのです。
通報を受けた現地警察により、夫人は第2級傷害容疑で現行犯逮捕されました。裁判の過程では過失か故意かが激しく争われましたが、最終的には司法取引が成立し、禁錮60日および社会奉仕活動・罰金刑の判決が下されました。模範囚としての態度が認められた結果、実際の服役期間は34日間へと短縮されましたが、元国家元首の未亡人が米国の刑務所に収監されたというニュースは、当時世界中のメディアを駆け巡りました。
後年の自著や特番インタビューにおいて、夫人はこの刑務所生活について「規律正しく、誰にも邪魔されずに読書ができる素晴らしい環境だった」「受刑者仲間と親しくなり、洋服のリメイクを教えて感謝された」と述懐しています。常人の感覚を遥かに超越したこのエピソードこそが、現在に至る「デヴィ夫人逮捕伝説」の原典となっています。