和田アキ子の現在と噂の真相|満身創痍の今と長年君臨し続ける理由

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現在の若い世代にとって、彼女は「日曜昼のご意見番」あるいは「バラエティの怖い大御所」というイメージが先行しがちです。しかし、和田アキ子の若い頃を知る者にとって、彼女の本質は間違いなく「日本最高峰の本格派R&Bシンガー」です。大阪のジャズ喫茶で歌っていた10代の頃、その圧倒的な声量とリズム感に目を奪われたのが、大手芸能事務所ホリプロの創業者・堀威夫氏でした。

当時、和田アキ子の身長は公称174cm(一説には175cm以上とも言われた)という、当時の日本人女性としては規格外の大柄な体格でした。1968年に「星空の孤独」でデビューし、翌1969年の「どしゃ降りの雨の中で」が大ヒット。「和製レイ・チャールズ」というキャッチコピーの通り、黒人音楽のフィーリングを日本語の歌謡曲に昇華させたパイオニアでした。長身にミニスカート、パンチのある低音ボイスというビジュアルは、当時の清楚な女性歌手像を根底から覆すカルチャーショックを社会に与えました。

そして1972年、彼女の代名詞となる名曲「あの鐘を鳴らすのはあなた」が誕生します。作詞・阿久悠、作曲・森田公一によるこの楽曲は、同年の第14回日本レコード大賞で最優秀歌唱賞を受賞。力強くも哀愁を帯びたボーカルは、高度経済成長期の陰で疲弊した日本人の心に深く染み渡りました。和田アキ子と紅白歌合戦の歴史もこの曲と深く結びついており、通算39回の出場、紅組トリを7回務めるなど、NHK紅白歌合戦の象徴的存在として君臨することになります。2016年の不出場決定時には大きな議論を呼びましたが、彼女が日本の大衆音楽史に刻んだ足跡の巨大さは今も揺らぎません。

山崎 陸

山崎 陸

ガジェット&アプライアンスライター

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