日本の防空識別圏と領空の違いとは?緊迫する空とスクランブルの真相
日本の防空識別圏(JADIZ)は、第二次世界大戦後の冷戦黎明期に誕生しました。1945年の敗戦後、日本本土周辺の空域管理を掌握していた米極東空軍(USAF)が、ソ連軍機からの防空警戒ラインとして1950年に設定したのが始まりです。
その後、1969年に米軍から防衛庁(現・防衛省)へJADIZの運用が正式に移管され、航空自衛隊訓令に基づく現在の運用体制へと引き継がれました。東西冷戦期は北方からのソ連機接近に対する盾として機能してきましたが、時代とともに周辺国のパワーバランスは劇的に変化しています。
象徴的な事例が、2010年に行われた与那国島上空の防空識別圏見直しです。米軍統治時代に引かれた境界線は与那国島の上空ほぼ中央を縦断しており、島の西側半分が台湾の防空識別圏に含まれるという歪な状態が長く続いていました。自衛隊機が自国領土である与那国島西側を哨戒飛行する際に台湾側へ事前通知が必要になるなど主権上の不都合が生じていたため、日本政府は境界線を台湾側へ西に約22km拡大。島全体とその周辺領海の上空を完全にJADIZ内に収める改定を実施しました。