稀代の悪女エレナ・チャウシェスクの生涯|学歴詐称と銃殺刑の真相
国民の我慢が限界に達したのは1989年12月でした。西部ティミショアラで始まった反体制デモは瞬く間に全国へ拡大。情勢を甘く見ていたニコラエは、12月21日にブカレストの共産党本部バルコニーから大衆演説を行い、体制派の動員で事態を収拾しようと試みました。
しかし、演説の最中に群衆から怒号と口笛(ブーイング)が巻き起こります。動揺する夫の横で、エレナはバルコニーから「静かにしなさい!」「黙れ!」と民衆を見下すように怒鳴り散らしました。この様子は国営テレビで生中継され、独裁者の権威が完全に地に堕ちた決定打となりました。
翌22日、デモ隊が党本部に突入する寸前、夫妻は屋上からヘリコプターで脱出を図りました。しかし軍部が相次いで市民側に寝返り、逃亡先のトゥルゴヴィシュテ近郊で身柄を拘束されたことで、24年間に及ぶ狂気の独裁体制は急転直下で幕を閉じました。