天草四郎のさらし首はどこへ?16歳の最期と出島に晒された真相
討ち取られた少年の首が本当に天草四郎なのかを確かめるため、幕府軍は直ちに首実検を行いました。しかし、四郎の姿を知る信徒たちの多くは戦死しており、確認は難航を極めます。そこで幕府軍が引き出したのが、城内で捕らえられていた四郎の家族でした。
陣中に引き出された四郎の生母・マルタ(洗礼名)や姉妹に対し、幕府軍は討ち取った複数の少年たちの首を次々と見せつけました。気丈に振る舞い「我が子は神のもとへ昇った」と口を閉ざしていた母マルタでしたが、陣内甚兵衛が持ち帰った首を前にした瞬間、たまらずその場に泣き崩れ、我が子の首を抱きしめたと伝えられています。この母の慟哭によって、幕府軍は討ち取った首が天草四郎本人であると断定しました。