安徳天皇と沈んだ三種の神器は今どこに?草薙剣の行方と壇ノ浦の真相

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壇ノ浦の合戦直後、源氏軍はただちに神器の回収作業に着手しました。その結果、八咫鏡と八尺瓊勾玉の2つは奇跡的に回収へ成功します。なぜ、同じ海に沈みながら鏡と勾玉だけが見つかり、草薙剣だけが見つからなかったのでしょうか。

その最大の理由は、神器を収めていた容器の材質と浮力にありました。八尺瓊勾玉と八咫鏡はそれぞれ頑丈な木製の唐櫃(からびつ)に厳重に納められていたため、海水に浸かっても内部の空気と木材の浮力によって海面に浮き上がった、あるいは浅瀬に漂着したところを武士たちによって速やかに引き揚げられたのです。

一方の草薙剣は、二位の尼が身につけて直接海底へと沈んだことに加え、金属製で非常に重く、浮力が一切働きませんでした。関門海峡は日本屈指の急潮で知られる難所であり、海底に達した剣は激しい潮流に押し流され、海底の泥や岩の亀裂深くに埋没してしまったと考えられています。

頼朝はその後、現地の海人(あま)を総動員して大規模な海底捜索を数か月にわたって継続させました。しかし、どれほど潜水を繰り返しても草薙剣の姿を捉えることはできず、捜索はついに打ち切られることとなりました。

高橋 健太

高橋 健太

ライフスタイル編集者

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。