新撰組・斎藤一の真実|なぜ生き残れたのか?藤田五郎の生涯と素顔

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新撰組の隊士死亡率は極めて高く、特に中枢幹部で明治の世まで命を保った者は数えるほどしかいません。その過酷な運命のなかで、斎藤一が最後まで生き残れた背景には、単なる剣の腕前を超えた「状況判断力」と「組織内での役割」が深く関係しています。

斎藤一は三番隊組長として数々の粛清劇や実戦に参加する一方、副長・土方歳三の右腕として極秘の密偵(スパイ)任務を担っていました。最も象徴的な出来事が、伊東甲子太郎らによる御陵衛士(高台寺党)結成に伴う潜入劇です。斎藤は組織を裏切ったふりをして御陵衛士に偽装移籍し、彼らの暗殺計画や動向をすべて近藤・土方に通報。油小路の変において御陵衛士を一網打尽にする決定的な功績を挙げました。

この一件が示す通り、斎藤は感情に流されず冷静に状況を俯瞰できるリアリストでした。戊辰戦争が勃発し、鳥羽・伏見の戦いから東北へと戦線が後退するなか、土方歳三が蝦夷地(函館)へ向かう方針をとったのに対し、斎藤は会津藩への恩義を重んじて会津戦争に残留。「会津を見捨てるのは義に反する」として如来堂の戦いなどで徹底抗戦を続けました。最後は会津藩主・松平容保の命に従って降伏しますが、無謀な玉砕を選ばず、武士としての責任を果たしたうえで現実を受け入れる柔軟性こそが、彼の命を繋いだ要因といえます。

井上 凛

井上 凛

シニアコンテンツプロデューサー

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。