第64代横綱・曙太郎の波乱万丈譜|若貴との激闘と引退・闘病の真実

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ハワイ・オアフ島出身のチャド・ローワン青年が相撲の世界に飛び込んだのは1988年3月場所のことでした。彼を見出し、日本へ招き入れたのは同じくハワイ出身の元関脇・高見山(東関親方)です。言葉も文化も異なる異国の地で、名門・東関部屋の看板を背負った曙の挑戦はここから始まりました。

当時の同期生には、後に角界を二分するライバルとなる若花田(若乃花)や貴花田(貴乃花)、さらに魁皇など錚々たる顔ぶれが揃っており、後に「花の六三組」と称される伝説の世代を形成します。曙は203cmという圧倒的な体格を持ちながらも、過酷な稽古を重ねて下半身を徹底的に鍛え上げ、猛スピードで番付を駆け上がりました。

そして1993年1月場所後、直前の2場所連続優勝の実績を引っ提げ、外国出身力士として史上初となる第64代横綱に昇進します。外国出身者への綱打ちには当時さまざまな議論が存在しましたが、曙はその圧倒的な強さと土俵内外での誠実な振る舞いによってすべての懸念を払拭し、堂々たる大横綱として君臨しました。

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。