横浜・三溪園の極上秘録!原三溪が遺した名勝と重文建造物の美

横浜・三溪園の極上秘録!原三溪が遺した名勝と重文建造物の美にまつわる最新トピックを分かりやすく発信ます。

横浜の発展とともに歩んできたこの庭園の歴史は、明治から大正、昭和へと至る激動の時代と重なる。創設者である原三溪(本名・富太郎)は、単なる実業家にとどまらず、優れた美意識を持つパトロンでもあった。彼は京都や鎌倉など全国各地の歴史的価値の高い古建築を購入し、解体・輸送してこの本牧の地に解き放ったのだ。

当時の横浜は急速な近代化の波に洗われていた。そのなかで三溪が目指したのは、日本古来の美意識を保護し、広く人々に公開すること。1906年に無料開園された外苑は、一般市民が贅沢な景観を楽しめる画期的な空間として開かれた。2006年にはその歴史的価値が認められ、国の名勝(国指定名勝)に指定されている。現地を歩くと、彼の審美眼がいかに先見性に満ちていたかがひしひしと伝わってくる。

田中 結衣

田中 結衣

デジタルマーケティングコンサルタント

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。