田中好子が肉声テープに遺した魂の叫びと壮絶な闘病の全真相
2011年4月25日、東京都港区の青山葬儀所で営まれた告別式には、キャンディーズの盟友である伊藤蘭さんや藤村美樹さんをはじめ、芸能関係者やファンなど2,000人以上が参列しました。静まり返る式場に突如として流れたのは、衰弱しながらも凛とした優しさをたたえた田中好子さん自身の声でした。スピーカーから響く息遣いに、参列者は息を呑み、やがて会場は嗚咽に包まれました。
この肉声メッセージは、逝去する23日前の2011年3月29日、東京都内の病室において夫の小達一雄氏がICレコーダーを構え、田中さんが力を振り絞って語りかけたものです。当時、東日本大震災の惨状を病室のテレビで目の当たりにした田中さんは、自らの身体が激痛に苛まれているにもかかわらず、「被災地の方々のために何かできることはないか」と涙を流し続けていたといいます。以下が、公開された肉声テープの全文です。
「こんにちは、田中好子です。きょうは、どうしても皆さんに、お礼を言いたくて、マイクを握っています。フェニックス(復活)まで、もう少し時間が必要なようです。昭和48年、キャンディーズでデビューして以来、本当に長い間、お世話になりました。『いい年をして、いつまでもキャンディーズでもあるまい』と、笑われそうですけれど、私にとっては、本当に誇らしく、幸せな青春の思い出です。」
「きょうお集まりいただいた皆様、そして、これまで応援してくださったファンの皆様、映画やテレビのスタッフの皆様、共演者の皆様、本当にありがとうございました。もう一度、皆さんの前で、お芝居がしたかった。でも、それが叶わないのが、とても残念です。」
「そして、東日本大震災の被害に遭われた被災者の皆様、心よりお見舞い申し上げます。私も、一生懸命、病気と闘ってきましたが、もしかしたら、天国へ旅立ってしまうかもしれません。でも、もし天国へ行くことができたら、今度は天国から、被災された方々のお役に立ちたい、そう思っています。それが、私の役目だと感じています。」
「最後に、私の大好きな蘭さん、美樹さん、ありがとう。本当に幸せな時間を、ありがとう。もう一度、3人で会いたかった……。でも、ずっとずっと、感謝しています。それでは、皆さん、さようなら。愛しています。」
このメッセージが流れた瞬間、祭壇の前に進み出た伊藤蘭さんと藤村美樹さんは崩れ落ちるように涙を流しました。解散宣言から33年、決して公の場で再び3人が歌うことはありませんでしたが、心の深層で結ばれていた友情の強さが、何よりも雄弁に証明された瞬間でした。