石川鷹彦の現在と脳梗塞の真相|巨匠のリハビリと語り継がれる伝説
石川鷹彦という音楽家がいかに不世出の存在であったかを語る上で欠かせないのが、1970年代の日本のポップス/フォークソングにおけるアレンジメントの革新です。それまで「単なる歌の伴奏」にとどまりがちだったアコースティックギターを、楽曲の主役へと押し上げた最大の立役者が彼でした。
その金字塔が、フォークデュオ・風(伊勢正三、大久保一久)のデビュー曲であり永遠のマスターピースである「22才の別れ」(1975年)です。あの哀愁漂うイントロのスリーフィンガー・ピッキングは、日本のギターキッズたちにとっての「登竜門」であり「永遠の憧れ」となりました。しかし、この伝説的イントロには、石川の天才的なアイデアが隠されていました。
一般的なアコースティックギターのチューニングではなく、石川は1弦から6弦のうち低音弦(3弦〜6弦など)に1オクターブ高い細い弦を張る「ナッシュビル・チューニング(ハイ・ストリング・チューニング)」を導入。さらにカポタストをハイフレットに装着して演奏することで、きらびやかで透明感のあるハープのような倍音成分を生み出しました。通常のギターサウンドの上にこの高音域のアルペジオを緻密に重ねるダビングワークによって、切ない別れの情景を鮮烈に描き出したのです。
また、かぐや姫の名曲「神田川」「赤ちょうちん」「妹」における繊細なアコースティックギターやマンドリンのオブリガートも石川の手によるものです。情景が脳裏に浮かぶような哀感に満ちたフレージングは、単にコードを弾くだけでは決して生まれない映画的な奥行きをフォークソングにもたらしました。