班田収授の法とは?仕組みや崩壊理由から墾田永年私財法まで徹底解説

班田収授の法とは?仕組みや崩壊理由から墾田永年私財法まで徹底解説について知っておくべき 事実を分かりやすい構成で解説いたします。

班田収授の法を一言で表すと、「国家が民衆に田んぼ(口分田)を貸し与え、代わりに税を納めさせ、死んだら田んぼを回収する制度」です。この制度の根底には、大化の改新で宣言された「公地公民(こうちこうみん)」の思想があります。豪族が私有していた土地(田荘)と人民(部民)をすべて国家・天皇のものとし、国民一人ひとりを直接支配して安定した税収を得ることが最大の目的でした。

制度のタイムラインを整理すると、以下の流れで段階的に完成へ向かいました。

  • 645年(大化元年):大化の改新・改新の詔(公地公民の基本方針を提示)
  • 670年(天智9年):庚午年籍(こうごねんじゃく)の作成(日本初の全国的な戸籍。永久保存版として氏姓の根本台帳となる)
  • 689年(持統3年):飛鳥浄御原令(あすかきよみはらりょう)の制定・施行
  • 690年(持統4年):庚寅年籍(こういんねんじゃく)の作成(6年ごとに戸籍を作り直すルールが定着し、本格的な班田がスタート)
  • 701年(大宝元年):大宝律令(たいほうりつりょう)の完成(班田収授の規定が網羅的に法制化)

運用のサイクルは極めて厳格でした。国は6年に1度「戸籍」を作成し、その年の戸籍に基づいて満6歳以上になった男女へ「口分田(くぶんでん)」を支給しました。これを「班給(はんきゅう)」と呼びます。そして、口分田を受け取った者が死亡すると、次の戸籍作成年(班田年)に国へ田地が回収(収公)されるという循環構造になっていました。

さらに、毎年の税徴収用として作成された「計帳(けいちょう)」と連携させ、誰がどこで耕作し、いくらの税を負担すべきかを中央政府が完全に把握しようとしたのです。

山田 真由

山田 真由

自動車・モビリティライター

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