影の総理・後藤田正晴の未公開記録が明かす国家統治と危機の全貌
後藤田の危機管理能力を語る上で欠かせないのが、警察庁警備局参事官として現場の指揮を執った佐々淳行との関係である。1972年に起きた連合赤軍による山荘占拠事件において、警察庁長官だった後藤田は過酷な現場を統括し、隊員の殉職を最小限に抑えつつ人質を無傷で救出するという絶対的至上命題を課した。
佐々の著作を映画化した『突入せよ! あさま山荘事件』でも描かれている通り、後藤田が下した「犯人は全員生捕り」「人質は絶対に生かす」という冷厳な命令は、現場の判断を大きく縛りつつも、法治国家としての威信を守り抜く決断であった。現場の熱情に押し流されず、大局的な国家の正統性を見据えて下された指示の背景には、後藤田一流の危機管理哲学が息づいていた。