旧日本軍「人肉食」のタブーに迫る 機密公文書が明かす極限の真実
旧日本軍の極限下における人肉食事件の真相とは何だったのか。終戦から長い年月を経て、国立公文書館をはじめとする国内外の機関で開示された機密公文書や証言記録によって、歴史のタブーとされた飢餓と軍紀崩壊の全貌が改めて浮き彫りになりつつある。
大日本帝国陸軍が展開したアジア・太平洋の広大な戦線では、補給路の寸断が日常化していた。「現地自活」という名目のもと、実質的な兵糧攻めに遭った部隊では、草木や昆虫、靴の牛革すら食い尽くす事態が頻発。やがて飢餓が極期に達した部隊内では、友軍兵士や現地住民の遺体に手をかけるという禁忌の領域へと踏み込んでいった。
戦後の極東国際軍事裁判(東京裁判)や各地域のBC級戦犯裁判でも、これらの事例は過酷な追及を受けた。かつて「軍の恥辱」として隠蔽・焼却されたはずの陣中日誌や尋問調書には、飢えによって統制を失った軍隊が辿る凄惨な崩壊劇が生々しい筆致で刻まれている。