デヴィ夫人の若い頃と美貌の軌跡|東洋の真珠と呼ばれた激動半生

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結婚生活はわずか数年で未曾有の危機に直面します。1965年9月30日に発生した軍事クーデター(9・30事件)により、スカルノ政権は急速に弱体化。大統領は軟禁状態に置かれ、身重だったデヴィ夫人は日本政府や国際機関の支援を得て、命からがらフランス・パリへと亡命を余儀なくされました。

1967年、亡命先の病院で長女・カリナさん(本名:カルティカ・サリ・デヴィ・スカルノ)を無事に出産。異国の地で母一人子一人の孤立無援の戦いが始まりました。1970年にスカルノ元大統領が失脚のまま病没すると、インドネシアの遺産相続争いや国際的な陰謀の渦中に巻き込まれることになります。

しかし、デヴィ夫人は決して屈しませんでした。持ち前の美貌と完璧なフランス語・社交術を武器に、ヨーロッパ最高峰の「パリ社交界」へと足を踏み入れます。アラン・ドロンをはじめとする世界的名優や、エルメス一族、ヨーロッパの旧貴族たちと対等に渡り合い、「東洋の真珠」として再び世界の中央舞台へ返り咲きました。現在、娘のカリナさんは国際的な金融関係者と結婚し、慈善活動家として世界を股にかけて活躍。孫のキラン氏も「超絶イケメン」としてメディアで脚光を浴びるなど、母娘・家族の絆は今なお強固に保たれています。

松本 悠斗

松本 悠斗

サステナビリティ研究家

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。