稀勢の里を育てた不屈の「おしん横綱」隆の里の真実と名勝負

稀勢の里を育てた不屈の「おしん横綱」隆の里の真実と名勝負にまつわる最新トピックを分かりやすく発信ます。

青森県南津軽郡浪岡町(現・青森市)出身の隆の里(本名・高谷俊英)は、中学生時代からその体格を見込まれ、初代若乃花が率いる名門・二子山部屋へ入門しました。同期には後に第56代横綱となる若乃花(2代)がおり、出世街道を驀進するライバルを横目に、隆の里の下積み生活は苦難の連続でした。

十両昇進を果たした20代前半、彼を襲ったのが重度の糖尿病でした。喉の異常な渇きと急激な体重減少に見舞われ、一時は力士生命どころか命の危機に直面します。当時はスポーツ選手が糖尿病を患えば引退を余儀なくされるのが常識だった時代。しかし、隆の里は決して土俵を諦めませんでした。

彼が選んだのは、医学的根拠に基づいた徹底的な自己管理でした。毎食の摂取カロリーを緻密に計算し、血糖値をコントロールしながら、徹底したウエイトトレーニングを導入。相撲界では前例のなかった科学的な肉体改造を完遂し、鋼のように引き締まった筋肉質の体を作り上げました。その見事な上半身から、アメリカのアニメキャラクターにちなんで「ポパイ」の異名を取るほどになります。

幾多の試練を乗り越え、30歳10ヶ月という当時としては異例の遅咲きで第59代横綱の座を射止めた隆の里。耐え忍んで栄光を掴んだその姿は、当時社会現象となっていたドラマの主人公と重なり、「おしん横綱」として日本中の感動と共感を呼びました。

山下 哲也

山下 哲也

自動車・モビリティライター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。