貴ノ花の真実|死因の真相と家族の確執、角界プリンスが遺した光と影
1990年代初頭、日本中を席巻した「若貴ブーム」は、大相撲史における最大の黄金期でした。兄・花田虎上(若乃花)の卓越した相撲勘とお茶の間を魅了する笑顔、そして弟・貴乃花光司の求道者のような圧倒的強さとストイックな相撲道。明治大学付属中野中学校時代から注目を集めていた兄弟は、中卒で父の部屋に入門後、驚異的なスピードで番付を駆け上がりました。
1992年に初代貴ノ花の兄(初代若乃花)から名門・二子山部屋を引き継ぎ、合流した部屋はまさに天下無敵の強さを誇りました。貴乃花は最年少幕内最高優勝や史上最年少横綱昇進を次々と達成し、生涯戦歴794勝262敗201休(幕内701勝)、幕内優勝22回という歴史的偉業を成し遂げます。1998年には兄・若乃花も第66代横綱へ昇進し、史上初となる「兄弟横綱」が誕生しました。
しかし、光が強ければ影もまた濃くなります。「親子」でありながら「師弟」であるという特殊な環境は、家族の心理的距離を徐々に歪めていきました。厳格な師匠としての父、弟子の母親として部屋を切り盛りする母・藤田紀子、そして性格も相撲観も正反対の兄弟。2001年には両親が離婚し、藤田紀子が部屋を去ります。さらに貴乃花が相撲の理想を追求するあまり周囲と孤立を深めていく中で、かつて日本中が憧れた理想の家族像は、急速に崩壊へと向かっていったのです。