さくらももこの若い頃が美人すぎる?貴重な素顔と短大時代の真実
さくらももこの創作の根幹を形作った極めて重要なモラトリアム期が、さくらももこ短大時代です。地元の静岡県立清水西高等学校を卒業後、彼女は静岡英和女学院短期大学(国文学科)へと進学しました。
高校時代、全国統一模擬試験の小論文で書いた作文が指導教官から「現代の清少納言」と絶賛されたエピソードは有名ですが、短大に進学してからの彼女は、自己の表現手段を完全に漫画へと定着させていきます。清水の自宅から静岡市街のキャンパスへ通いながら、講義の合間や帰宅後の深夜を縫って、猛烈な熱量で原稿用紙に向かい続けました。
そして1984年、短大在学中の19歳の夏、少女漫画誌『りぼんオリジナル』秋の号に掲載された『教えてやるんだありがたく思え』で見事にプロデビューを飾ります。同作は自身の高校時代の教師をユニークなタッチで描いた学園コメディであり、当時主流だった乙女チックな少女漫画の王道とは一線を画す、圧倒的な観察眼と乾いたユーモアが際立っていました。
短大卒業後の1986年春、彼女は一度東京の出版社(ぎょうせい)に就職します。しかし、昼間の激務と夜間の執筆活動による過労から勤務中に居眠りを繰り返してしまい、上司から「会社員か漫画家か、どちらかにしろ」と迫られた結果、入社わずか約2カ月で退職という重大な決断を下しました。退路を断ってアパートの一室でペン一本の生活に入った同年8月、月刊『りぼん』本誌で『ちびまる子ちゃん』の連載がスタートすることになります。