海の中道大橋事故から20年・今林大の現在と出所の真相に迫る

海の中道大橋事故から20年・今林大の現在と出所の真相に迫るにまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。

2006年8月25日深夜、福岡市東区の海の中道大橋で起きた事故の真相は、単なる過失事故の枠を遥かに超えた悪質性を孕んでいました。当時、友人らと飲酒を重ねていた今林は、アルコールの影響で正常な判断ができない泥酔状態のまま愛車のクラウンを運転。制限速度50km/hの橋梁上を時速約100km/hを超える猛スピードで暴走しました。

前方を走行していた会社員・大上哲央さんのRV車に猛烈なスピードで追突。衝撃によって大上さんの車は歩道を乗り越え、欄干を突き破って約15メートル下の博多湾へ転落しました。大上さん夫妻は命からがら脱出したものの、後部座席に取り残された長男・勘太郎ちゃん(当時4歳)、次男・寛晃ちゃん(当時3歳)、長女・愛子ちゃん(当時1歳)の3兄妹は冷たい海中で水死しました。

事故の悪質性を決定づけたのは、追突直後の今林の行動でした。転落した車と子供たちを救助することなく現場から約300メートル逃走。さらに、知人に電話をかけて身代わりを画策し、呼気からアルコールが検出されるのを防ぐために大量の水をがぶ飲みするという卑劣な隠蔽工作を行いました。

裁判では、新設されて間もなかった「危険運転致死傷罪」の適用可否が最大の争点となりました。一審の福岡地裁(2008年1月)は「前方を注視していれば衝突を回避できた」として同罪の成立を認めず、業務上過失致死傷罪と道交法違反(ひき逃げ)を適用して懲役7年6月を言い渡しました。この判決に対し、遺族と世論は激しい怒りと失望に包まれました。

しかし、2009年5月の福岡高裁は一審判決を破棄。「アルコールの影響により前方注視が著しく困難な状態に陥っていた」と認定し、危険運転致死傷罪の成立を認めて懲役20年の厳罰を下しました。最高裁もこの判断を支持し、日本の司法史における飲酒運転厳罰化のメルクマールとなったのです。

小林 直樹

小林 直樹

トレンドリサーチャー

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。