革マル派の現在と実態|中核派との違いや拠点を公安データから徹底解明

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革マル派の正式名称は「日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派」です。その源流は、1950年代後半に既成政党であった日本共産党の路線(平和共闘や武装闘争方針の転換)に反発して結成された新左翼組織「革共同(日本革命的共産主義者同盟)」に遡ります。

組織の精神的支柱であり絶対的指導者として君臨したのが、著作『プロレタリア人間疎外論』などで知られる盲目の理論家・黒田寛一(2006年死去)でした。黒田は、旧ソ連のスターリン主義を「労働者階級への抑圧体制」と厳しく批判し、独自の「反スターリン主義」とマルクス主義の再解釈を展開しました。

1963年、革共同は革命の手法や組織論を巡って決定的な対立を迎えます。国家権力との直接対決や武装蜂起を即座に掲げる本多延嘉らの潮流と、「まずは国家権力や他党派からの弾圧に耐えうる強固な党組織をつくることが最優先」と主張する黒田寛一の派閥が激突。この結果、組織は真っ二つに割れ、前者が「中核派(革命的共産主義者同盟全国委員会)」、後者が「革マル派」として袂を分かつことになりました。

黒田が説いた「組織建設最優先論(組織温存・防衛論)」は、警察権力との無謀な正面衝突を避け、大衆運動や労働組合、大学自治会の内部に活動家を潜行させるという、革マル派固有の行動規範を生み出す土台となったのです。

森 瞳

森 瞳

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

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