聖徳太子の地球儀の真相に迫る!斑鳩寺オーパーツ伝説の謎を解明
「聖徳太子の地球儀」がいつ、誰によって作られたのかという決定的な謎を解いたのは、江戸時代中期の知の巨人・寺島良安が編纂した大ベストセラー百科事典『和漢三才図会』(1712年刊行)の存在でした。
調査チームや歴史学者による図版の綿密な比較検証により、斑鳩寺の球体に刻まれた大陸の輪郭線、経緯度線の引き方、さらには各所に配された漢字表記の配置に至るまで、『和漢三才図会』の巻頭に収録されている「山海輿地全図(さんかいよちぜんず)」と完全に一致することが判明しました。
『和漢三才図会』に掲載された地図は、イタリア人宣教師マテオ・リッチが1602年に北京で作成した世界地図『坤輿万国全図(こんよばんこくぜんず)』の流れを汲むものです。平面の東西両半球図として印刷された百科事典の挿絵を元に、当時の工芸職人または知識人が立体的な球体に写し取って製作したことが科学的・文献的に立証されました。