昭和天皇の愛娘・島津貴子の現在|「私の選んだ人」と歩んだ激動の半生
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貴子さんの人生における最大のハイライトの一つが、1960年(昭和35年)の結婚です。お相手となったのは、旧薩摩藩主・島津公爵家の血を引く島津久永(しまづ ひさなが)氏。学習院大学時代の同窓であり、当時日本輸出入銀行(現・国際協力銀行)に勤務するエリート銀行員でした。
お見合いや政略結婚が当たり前だった当時の上流階級において、お二人の結婚は確かな恋愛感情に基づくものでした。婚約内定時の記者会見で、貴子さんが久永氏について問われた際に発した「私の選んだ人ですから」という言葉は、日本中を驚かせ、一大センセーションを巻き起こしました。
皇族の女性が自らの意志で結婚相手を選び、それを堂々と公言する姿は、新しい時代の女性像として若い世代から絶大な支持を獲得。前年に巻き起こった「ミッチー・ブーム」に続き、「貴子さまフィーバー」としてファッションやヘアスタイルを真似る女性が街に溢れるほどの社会現象となったのです。