舘ひろしの学歴と実家の真相!名門高校から大学中退・47年目の卒業認定
建築家への道を順調に歩んでいるかに見えた大学生活でしたが、70年代前半の東京・原宿で起きたカルチャームーブメントが彼の運命を大きく変えることになります。
当時、原宿のカフェ「レオン」などに集まる若者たちの間でカリスマ的人気を集めていた舘ひろしは、1974年12月、岩城滉一らとともに伝説のモーターサイクルクラブ(バイクチーム)「COOLS(クールス)」を結成。チームの最高責任者(リーダー)に就任します。黒の革ジャンに身を包み、大型バイクを華麗に操る彼らの姿は瞬く間にストリートの象徴となり、矢沢永吉率いるロックバンド「キャロル」の解散コンサートで親衛隊を務めたことで社会現象へと発展しました。
その後、クールスは選抜メンバーによってロックバンドとしてレコードデビューを飾ります。さらに1976年、映画『暴力教室』で俳優デビューを果たすと、瞬く間に映画界・テレビ界のスターダムへと駆け上がりました。音楽活動と撮影に追われる過密スケジュールの中、通学の継続が物理的に困難となり、8年間在学(休学を含む)した末に千葉工業大学の中退を決断。厳格だった父親からは猛反対を受け、一時は勘当同然の関係になったものの、自らの選んだ表現者の道を信念を持って突き進みました。