田中角栄の凄さとは?今太閤の伝説・人心掌握術と現代の評価を徹底解明
田中角栄の政治人生を語るうえで避けて通れないのが、1976年に発覚したロッキード事件と、その後の「目白の闇将軍」時代です。
米航空機大手ロッキード社からの5億円にのぼる受領疑惑により、前首相でありながら受託収賄罪などの容疑で東京地検特捜部に逮捕されるという前代未聞の事態に発展しました。裁判では一貫して無罪を主張したものの、1983年に東京地裁で懲役4年・追徴金5億円の実刑判決が下されます。
現在でもネット上や一部の論客の間では、「角栄が中東や東南アジアでの独自エネルギー外交(自主資源開発)を推進し、アメリカの石油メジャー(国際石油資本)の権益を侵したため、米国の謀略によって失脚させられたのではないか」という陰謀論が根強く語られています。確かに、角栄が資源小国日本のエネルギー安全保障に強い危機感を持ち、独自の多角化外交を急いでいたことは歴史的事実です。
しかし、公判記録や関係者の証言が示す冷厳な事実は、当時の自民党派閥政治が膨大な資金を必要とし、政治とカネの不透明な関係が構造化していた点にあります。首相退任後も自民党最大派閥を率いて「キングメーカー(目白の闇将軍)」として政界に君臨し続けた背景には、集めた資金を配下の議員に惜しみなく分配する「数の論理」がありました。この圧倒的な権力集中と金権体質が、国民の政治不信を深め、後の政治改革運動へつながったことは否定できません。