2026年の2月11日、なぜ日本人はこの祝日を静かに迎えるのか?歴史の深淵と最新意識調査が示す「国家の根源」
戦前の日本では、2月11日は「紀元節(きげんせつ)」と呼ばれる四大節の一つであり、国家的な盛大な祝祭が執り行われていた。学校では祝賀式が開かれ、奉祝歌が歌われるなど、国家意識を高揚させる中心的なイベントであった。
しかし第二次世界大戦後、占領軍(GHQ)の意向により、国家神道との結びつきや戦時中の超国家主義的な色彩が懸念され、1948年に紀元節は廃止へと追い込まれた。その後、国民の間から祝日としての復活を求める声が上がり、国会での議論が始まったものの、「歴史的根拠が乏しい」「戦前のナショナリズム回帰につながる」とする慎重派と、「国家の伝統を尊重すべきだ」とする推進派が激しく対立。法案はなんと9回も廃案や廃案寸前の憂き目に遭い、昭和41年(1966年)になってようやく政令によって祝日として制定されるに至った。