空母蒼龍沈没の真相とは?ミッドウェー海戦の悲劇と構造の新事実
蒼龍の戦歴を語る上で欠かせないのが、第二航空戦隊としてコンビを組んだ妹分「飛龍」の存在と、猛将として知られる山口多聞少将の存在だ。二航戦は第一航空艦隊において、赤城や加賀の第一航空戦隊と並ぶ主力ストライカーとして常に最前線に投入された。
1941年12月の真珠湾攻撃から始まった航跡は、破竹の勢いを見せる。ウェーク島攻略支援、オーストラリアのポート・ダーウィン空襲、そしてインド洋作戦。セイロン沖海戦において蒼龍飛行機隊が見せた急降下爆撃の命中率は、驚異の8割を超えていたと記録されている。イギリス海軍の重巡洋艦や空母ハーミーズを瞬く間に沈めたその練度は、当時の世界最高水準に達していた。軍事歴史・戦記において、この時期の蒼龍航空隊はまさに「無敵」の輝きを放っていた。