香淳皇后の本当の性格とは?昭和天皇との愛と美智子さまの真相
香淳皇后は1903年(明治36年)、久邇宮邦彦王(くにのみやくによりおう)の長女・良子女王(ながこじょおう)として誕生しました。学習院女学部で学び、幼少期から聡明で情操豊かな環境で育てられた良子女王は、わずか14歳の時に皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)のお妃候補に内定します。
しかし、婚約直後に皇室を揺るがす大事件が発生しました。元老・山県有朋らが久邇宮家の血統に色盲の遺伝があるとして婚約辞退を迫った、いわゆる「宮中某重大事件」です。父の邦彦王が猛反発し、一時は政治闘争へと発展する中、良子女王自身は動ずることなく、お妃教育に専念し続けました。
最終的に1921年(大正10年)、宮内省から「婚約に変更なし」との発表がなされ、1924年(大正13年)にめでたくご成婚を迎えます。少女時代に経験したこの未曾有の危機は、香淳皇后の内に秘めた「並外れた忍耐力」と「揺るぎない覚悟」を培う原点となりました。