阪妻の血脈継ぐ田村三兄弟の真実!名作配信で過熱する再評価の波
1953年7月、映画界に激震が走った。「阪妻(ばんつま)」の愛称で国民的英雄として君臨した阪東妻三郎が、51歳の若さで突如この世を去った。京都・嵯峨野の広大な邸宅に残されたのは、莫大な遺産と同時に、あまりにも重い看板だった。
当時、同志社大学を出て商社への就職が決まっていた長男・高廣は24歳。次男・正和は9歳、三男・亮はわずか7歳だった。一家の大黒柱を失った田村家を支えるため、高廣は運命に導かれるように俳優への転身を決意する。映画会社各社による争奪戦の末、松竹株式会社に入社。しかし、映画界の頂点に君臨した父を持つがゆえの重圧と偏見は、想像を絶するものだった。「阪妻の息子」というレッテルを剥ぎ取るための、孤独で凄絶な闘いがここから始まった。