狂気と美の共鳴から10余年――長渕剛と冨永愛が越境の果てに掴み取った「表現者の聖域」
一方の長渕剛もまた、時代がいかに変貌しようとも、己のスタイルをミリ単位も曲げることはなかった。SNSの炎上を恐れ、誰もが安全地帯から石を投げるような現代にあって、生身の身体ひとつで観客と殴り合うようなステージングは、もはや絶滅危惧種の輝きを放っている。
世間がどれほど眉をひそめようと、自分の信じる美学と生き様をぶつけ続ける。その不器用なまでの熱量は、時に軋轢を生みながらも、世代を超えて聴く者の胸骨を軋ませる。冨永とのセッションで見せたあの剥き出しのパッションは、今もステージの上で全く色褪せていない。