『山のあなたの空遠く』涙の理由とは?全文訳と名詩が暴く幸福の罠

『山のあなたの空遠く』涙の理由とは?全文訳と名詩が暴く幸福の罠について知っておくべき 事実を厳選して解説いたします。

まずは、日本文学史に燦然と輝く名訳の全貌を確認してみましょう。上田敏の訳詩集『海潮音』(1905年刊行)に収められたテキストは、極限まで言葉が削ぎ落とされ、完璧な七五調の調べを持っています。

【原文・全文】
山のあなたの空遠く
「幸(さいはひ)」住むと人のいふ。
噫(ああ)、われひとゝ尋(と)めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸」住むと人のいふ。

【現代語訳】
山の向こうの遥かな空の下に、
「幸せ」が住んでいると、世間の人々は言う。
ああ、私はある人と連れ立ってそれを探し求めに出かけたが、
目頭に涙をいっぱいためて、むなしく帰ってきたのだった。
それなのに、山の向こうのさらに遠いところにこそ、
「幸せ」が住んでいるのだと、人々はまたしても言うのだ。

語句の要点を整理すると、「あなた」とは二人称ではなく「彼方(かなた)」を意味します。「われひとゝ」の解釈には諸説ありますが、文法上は「我、人と(ある人と一緒に)」あるいは「自分ひとり(我ひとり)」の連用変化と読まれることが多く、孤独に、あるいは心を通わせた道連れと共に過酷な旅路へ出た情景を想起させます。「涙さしぐみ」は目に涙がじんわりと湧き出ること、「かへりきぬ」は「帰ってきてしまった」という後悔と落胆の完了形です。

渡辺 美咲

渡辺 美咲

ガジェット&アプライアンスライター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。