日々是好日はなぜ座右の銘で最強なのか?就活面接で差がつく禅語の真意
日常会話や書道、茶席の掛け軸などでも広く親しまれている「日々是好日」ですが、正しい読み方や本来の成立背景まで正確に把握している人は多くありません。座右の銘として語る以上、まずはその文化的・哲学的ルーツを正しく押さえる必要があります。
読み方について、仏教・禅宗における正式な読みは「にちにちこれこうじつ」です。一般には慣用読みとして「ひびこれこうじつ」「ひびこれよきひ」と読まれるケースも浸透していますが、教養や語彙の厳密さを問われるビジネスシーンや面接の場では、禅の正統な読みである「にちにちこれこうじつ」と発音するのが最も信頼性を高める作法です。
この言葉の由来は、中国唐代末期から五代十国時代にかけて活躍した禅僧・雲門文偃(うんもんぶんえん)の言葉にあります。禅宗の代表的な公案集である『碧巌録(へきがんろく)』第6則に、その問答が克明に記録されています。雲門はある日、弟子たちに向かって次のような問いを投げかけました。
「十五日已前(じゅうごにちいぜん)は汝に問わず、十五日已後(じゅうごにちいご)、道(い)い持ち来たれ」
意訳すれば、「過去の十五日間(過ぎ去った過去)のことは問わない。これから先の十五日間(未来の生き方)について、お前の言葉を一言持ってきてみよ」という問いかけです。弟子たちが息を呑み、沈黙するなかで、雲門自らが放った一言こそが「日々是好日」でした。
雲門が示した真意は、「過去を悔やんでも変えられず、未来を思い煩ってもどうなるものでもない。ただ『今、ここ』にある今日という一日に全身全霊で向き合い、すべてを糧として受け止めることこそが、毎日をかけがえのない一日にする唯一の道である」という冷徹かつ力強い真理でした。決して「明日はいいことがあるさ」といった安易な慰めではなく、生きることの厳しさを直視した上での強靭な肯定なのです。