名列車「急行だいせん」廃止の真相!歴代車両と夜行急行の軌跡
Q1:急行だいせんは昼行列車としても走っていたのですか?
A1:はい。全盛期の国鉄時代には、夜行便だけでなく昼間に大阪と山陰を結ぶ昼行急行としても複数往復設定されていました。その後、昼行便は特急「北近畿」(現在の「こうのとり」)や「まつかぜ」への格上げ、系統分割により整理され、最終的に夜行1往復のみが残りました。
Q2:客車時代の「だいせん」には食堂車は連結されていましたか?
A2:昭和30年代から40年代の長距離急行時代には食堂車(マシ35形やオシ17形など)が連結されていた時期もありましたが、昭和40年代後半には廃止され、晩年の14系・12系客車時代は寝台車と座席車のみのシンプルな編成でした。
Q3:キハ65系に変更された後、寝台券なしで横になれるスペースはありましたか?
A3:キハ65系エーデル型への変更後は全車座席車となり、寝台設備は完全に消滅しました。ただし座席は深く倒れるリクライニングシートが採用されていたため、座席夜行としては比較的快適なアコモデーションが提供されていました。