光格天皇Vs松平定信!尊号一件の隠された真相と権力闘争の裏側
政治的火種は、幕府の足元である江戸城内にも潜んでいた。当時の第11代将軍・徳川家斉もまた、光格天皇と瓜二つの境遇を抱えていたのである。家斉は御三卿の一つである一橋家から将軍職を継いだため、実父である徳川治済は将軍職に就いたことがなかった。家斉は実父・治済に「大御所」の称号や最高位の官職を贈ることを望んでいた。
もし定信が光格天皇の願いを認めれば、家斉の実父への尊号贈与も認めざるを得なくなる。逆に天皇の要求を拒絶すれば、将軍家斉の実父昇進の道も閉ざされるというジレンマに陥った。定信は厳格な筋を通すため、天皇の要請だけでなく家斉の望みをも撥ねつけた。この妥協のない姿勢は、将軍・徳川家斉の不満を買い、さらに実父治済や大奥を巻き込んだ激しい反定信感情を生み出す要因となっていった。