山さんラーメン守山の真価と噂の真相|背脂醤油と絶品焼きめし徹底解剖
山さんラーメンの原点を辿ると、1970年代から80年代にかけて空前の盛り上がりを見せた京都・北白川のラーメン激戦区に行き着きます。「ますたに」や「天下一品」などと並び、京都ラーメンの代名詞である「背脂チャッチャ系(澄んだ鶏ガラ豚骨スープに濃口醤油ダレを合わせ、仕上げに豚の背脂を振り落とすスタイル)」の草分けとして、学生やトラック運転手、地元の職人たちに熱狂的に支持されていました。
ところが2000年代初頭、多くのファンに惜しまれながら京都の店舗が暖簾を下ろします。当時、ネットの掲示板や口コミでは「店主の体調不良による廃業」「経営難」といった根拠のない噂が飛び交いました。しかし、その噂の真相は経営破綻などではなく、より腰を据えて調理に専念できる環境と、車社会である関西圏のファミリー層や遠方からの来訪客が快適に利用できる広大な敷地を求めた、前向きな「滋賀・守山への移転戦略」でした。
当時を知る常連客や地域関係者の証言によると、「京都の店舗は手狭で駐車スペースの確保が難しく、路面環境の課題をクリアするために新天地として選ばれたのが守山だった」とされています。現在、山さんラーメン 守山の店舗前には約20台分の専用駐車場が確保されており、京都時代からの古参ファンのみならず、滋賀・京都・大阪・福井など近県からドライブがてら訪れる新たなファン層をガッチリと掴む契機となりました。伝統の暖簾と秘伝の仕込みは寸分違わず守山へ移植され、いまや滋賀を代表する至高の背脂醤油ラーメンとして君臨しています。