二・二六事件はなぜ起きたのか?青年将校クーデターの真相と歴史の転換点
青年将校たちのクーデターは完全に失敗に終わりましたが、この事件がもたらした歴史的影響は、日本の政軍関係を決定的に変貌させました。最大の皮肉は、皇道派を排除したことで、対立していた統制派による陸軍全体の独裁体制が完成してしまった点にあります。
事件後、成立した広田弘毅内閣に対し、陸軍は政治的要求を次々と突きつけます。その最たるものが、昭和11年5月に復活させた「軍部大臣現役武官制」です。この制度により、陸軍大臣・海軍大臣には現役の大将・中将しか就任できなくなりました。つまり、軍部が後任の大臣を推薦しなければ内閣を倒すことができ、意に沿わない内閣の組閣を阻止できるという「絶対的な拒否権」を軍が手に入れたのです。
政治家や財閥のトップたちは、「軍部の機嫌を損ねれば命を狙われる」「逆らえば内閣が潰される」という恐怖に支配され、軍部の要求に唯々諾々と従うしかなくなりました。歯止めの利かなくなった日本は、翌昭和12(1937)年の日中戦争勃発、国家総動員法の制定、そして昭和16(1941)年の太平洋戦争開戦へと、破滅の一途をたどることになったのです。