斎藤工のパリコレ出演は本当?ヨウジヤマモト圧巻ランウェイの真相
斎藤工さんとファッション界の関わりは、俳優デビューよりも前に遡ります。15歳の高校生時代、自ら芸能事務所に履歴書を送り、「TAKUMI」名義でメンズファッション誌『MEN'S NON-NO』や『POPEYE』などの人気誌で専属モデルとしてキャリアをスタートさせました。
高校卒業後はバックパッカーとしてアジアやヨーロッパなど世界中を放浪。その旅の途中でパリへ立ち寄り、現地モデル事務所の門を叩いてオーディションを受け続けたという筋金入りの下積み経験を持っています。当時の貴重な写真やポートフォリオには、荒削りながらも野性味と透明感が同居した独特の存在感が刻まれており、東洋人モデルとしてのアイデンティティを懸命に模索していた若き日の苦闘が伺えます。
海外ブランドのショーや東京コレクションへの出演経験を重ねる中で培われた「身体ひとつで服の世界観を伝える」という表現の基礎。これこそが、後の俳優業における繊細な身体表現や立ち振る舞いに直結しています。