Juonとりりィの知られざる親子愛|母の死を越え音楽に生きる軌跡
りりィさんは1972年に東芝EMIからアルバム『りりィ・ライヴ』でデビュー。1974年にリリースしたシングル『私は泣いています』が累計100万枚を超えるミリオンセラーを記録し、ハスキーボイスと物憂げなアンニュイさで一世を風靡しました。自ら作詞・作曲を手掛ける女性シンガーソングライターの草分け的存在として、日本のフォーク&ポップス史に不滅の金字塔を打ち立てています。
1980年代以降は卓越した感性を演技の世界にも広げ、『3年B組金八先生』『救命病棟24時』『モテキ』『昼顔』、映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』など、名だたる話題作に名バイプレイヤーとして出演。飾り気のない自然体の佇まいと哀愁を帯びた独特の演技力で、映画監督やプロデューサー陣から絶大な支持を集めました。
しかし、精力的な創作活動の最中であった2015年頃に病魔が襲います。肺がんの診断を受け、懸命な闘病生活を送りながらも表現への意欲を失わなかったりりィさんでしたが、2016年11月11日、都内の病院で家族に看取られながら64年の生涯を閉じました。最期を看取ったJUONさんは、母の旅立ちに際して「母の魂と音楽は僕の中で永遠に鳴り止まない」と深い追悼の念を語り、その別れは多くの音楽ファン・映画関係者の涙を誘いました。