中森明穂の生涯と死因の真相|姉・明菜との確執と早すぎる別れの全貌
姉妹の間に決定的な亀裂が入ったのは、デビューからわずか1年後の1988年のことでした。明穂さんはヌード写真集『Poison Kiss(ポイズン・キス)』およびイメージビデオの発売を発表します。
この写真集出版は、姉である明菜さんや所属事務所への事前相談が一切ないまま進められた企画でした。当時、歌姫としての確固たる世界観とブランドを築き上げていた明菜さんにとって、「中森明菜の妹」というセンセーショナルな切り口での過激な露出は、大きな衝撃と困惑をもたらす結果となったのです。
明菜さんは妹の将来を案じつつも、事前の報告すらなかったことに深いショックを受けたとされます。この騒動を境に、二人の直接の対話は途絶え、明穂さんは事実上の芸能界引退へと追い込まれていきました。互いを思いやるはずの距離感が、芸能ビジネスの思惑に巻き込まれる形で修復不可能な断絶へと変わってしまった瞬間でした。