カステラ本家福砂屋が愛される理由|手わざと底ザラメの真相
福砂屋の歩みは、日本の歴史そのものと深く結びついています。創業は寛永元年(1624年)。徳川幕府が鎖国令を敷く直前、海外への唯一の窓口であった出島が機能し始める前の長崎において、初代・福田喜太夫が平戸や長崎に来航していたポルトガル人から直接南蛮菓子の製法を伝授されたことがすべての始まりです。屋号の「福砂屋」は、初代の姓である「福田」と、砂糖を連想させる「砂」の字に由来すると伝えられています。
南蛮から渡来した当時のカステラは、現在のものとは異なり、固くパサついた船乗り用の保存食に近い焼き菓子でした。福砂屋はこれを茶の湯文化が息づく日本の食文化、そして日本人の繊細な味覚に合わせて改良を重ねます。小麦粉、卵、砂糖の配合を工夫し、江戸時代中期から後期にかけて、独自のしっとりとした口当たりを持つ「長崎カステラ」へと昇華させました。
福砂屋の象徴として知られるのが、商標である蝙蝠(こうもり)のマークです。現代の日本では馴染みの薄い蝙蝠ですが、第12代当主の清太郎が明治期に採用した歴史的背景があります。中国において蝙蝠は「蝠」の音が「福」に通じることから、慶事や幸運をもたらす吉祥の動物とされ、長寿・富貴・康寧・好徳・終命の「五福」を備える縁起物として尊ばれてきました。海外貿易都市として中国文化といち早く融合していた長崎の歴史を物語る、由緒正しきシンボルマークなのです。