野田聖子の子供の現在|50歳出産と重い障害を越えた15年の軌跡
真輝さんの誕生に至るまでの道のりは、日本の生殖医療の限界と倫理的な葛藤を浮き彫りにする激動のドラマでした。当時、事実婚関係にあった前パートナーとの間で14回に及ぶ体外受精に挑んだものの実を結ばず、流産による精神的・肉体的打撃を経験した野田氏。自身の加齢による妊孕性の低下という冷酷な現実に直面しながらも、「どうしても我が子をこの手に抱きたい」という強い情念を捨てきれませんでした。
日本国内では第三者からの卵子提供に関する法整備や実施体制が整っていなかったため、野田氏は法制度の確立しているアメリカへと渡航を決断します。2010年、現地の不妊治療クリニックで米国人女性の提供卵子と現在の夫・木村文信氏の精子を受精させ、その受精卵を自らの子宮に移植。見事に着床を果たし、50歳にして待望の妊娠に至りました。
しかし、喜びも束の間、出生直後から過酷な試練が次々と襲いかかります。真輝さんは内臓が体外に飛び出してしまう臍帯(さいたい)ヘルニア、食道が途中で途切れて胃に繋がっていない食道閉鎖症、さらに重篤な心臓疾患を抱えて生まれてきました。担当医からは「生きられる可能性は5%」と宣告され、生後わずか数日で大規模な開胸・開腹手術を受けることになります。
さらに生後間もなく、血栓が脳の血管を塞ぐ脳梗塞を発症。この結果、右半身麻痺と知的障害、自力で食物を飲み込むことができない嚥下障害が残ることとなりました。これまでに受けた大手術は10回以上。気管切開、食道再建、胃ろう増設など、真輝さんの身体に刻まれた無数の傷跡は、母と子が幾度も死線をくぐり抜けてきた熾烈な闘病の証そのものです。