『最後の晩餐』作者ダ・ヴィンチの生涯と名画に潜む謎を徹底解説

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レオナルド・ダ・ヴィンチは1452年、フィレンツェ郊外のヴィンチ村で公証人の父と農家の母の間に私生児として生まれました。幼少期から卓越したデッサン力を発揮した彼は、名匠アンドレア・デル・ヴェロッキオの工房へ弟子入りし、卓越した才能を開花させます。若き日のレオナルドが描いた天使のあまりの見事さに、師であるヴェロッキオが絵筆を折ったという逸話は美術史において極めて有名です。

彼の生涯における最大の転機となったのが、1482年のミラノへの移住でした。ミラノ公国の実力者ルドヴィーコ・スフォルツァ(通称イル・モーロ)に軍事技術者・宮廷画家として仕えることになったレオナルドは、スフォルツァ家の霊廟と定められていたサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂を飾る大作の制作を命じられます。こうして1495年頃に着手されたのが、幅8.8メートル、高さ4.6メートルに及ぶ巨大壁画『最後の晩餐』でした。

レオナルドの生涯を辿ると、完成作の極端な少なさに驚かされます。飽くなき探求心と完璧主義ゆえに多くのプロジェクトを未完のまま放置した彼ですが、『最後の晩餐』に関してはルドヴィーコ公からの強い催促を受けながら、およそ3年の歳月をかけて描き切りました。まさにルネサンス美術の代表作であり、彼の画業における最大の到達点となったのです。

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。