知床遊覧船・桂田社長の現在を追う!裁判の行方と驚愕の生活実態
事故当日、操縦桿を握っていたのは豊田徳幸船長だった。ベテラン船員の相次ぐ退職により、知床の過酷な海域に対する経験が浅いまま出航を余儀なくされたとされる。法廷で明かされた無線の記録や関係者の供述は、安全を軽視した無謀な経営態勢を容赦なく暴き出した。
「波が高くなれば引き返す」という生半可な口約束は、荒れ狂うオホーツク海の前で無力だった。KAZU Iの船体が冷たい海中に消えていく中、運航管理者としての指示義務を怠った経営トップの姿勢が、惨事を決定づけた最大の要因として厳しく追及されている。